小説「涙をこえて」(3)

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小説「涙をこえて。」(2)
佳子 「こらっ、女の子のこと、ジロジロ見ちゃいけないんだよっ」僕  「ああっ、失礼しましたっ」そしてまた、佳子さんは笑ってくれた。この空気、23年前と、まったく同じだった。他愛ないことで、怒ってみたり、笑ってみたり。ただそれだけのことが、高校生みたいなことが、僕にものすごい幸福感を与えてくれていた。僕はなんて幸運なんだろう。23年も経って、...

僕  「切り換えって、何ですか」
佳子 「ほら、ロマンスカーは、登山線に入ると、
    一気に周りの雰囲気が変わるでしょ。
    そんな場面」

僕はつい、
「みわちゃんに会う前に、いつも心の切り換えをしています」
「切り換えて、心のクサクサがバレないようにするのが大事なので」
 みたいな話をしてしまいそうだったが、
 すんでのところで、それをやめた。

佳子さんに、みわちゃんの話をしても仕方ない。
いや、みわちゃんの話を、したくない。

そこでつい
「あ、局に入って、天気図前にすると切り換わります」
などという、適当な答えをした。

すると佳子さんは「さすがプロねー」とほめてくれた。
うそなのに。佳子さんに、申し訳ない気持ちがわいてきた。

そして佳子さんは
「あたしは、ダンスの衣装を着るときかな。
気持ちを切り換えるのって大事だよね」
「ここから登山線に入るとき、私いつも箱根モードに切り替わるの。
 だから、いつも小田原に着くと、ダンスのこと、
 あと、ついでに教えているヨガのこと  
 も一回思い出すんだけど、そこで終わりなのよね。
ここからは、あたし、本当にプライベートな気持ちになれるの」
と言った。

プライベート、という言葉に、僕はきゅんとしてしまった。
プライベートな佳子さんと、一緒にいられる。
僕はまた、勝手にドキドキしてきた。

佳子さんは、そんな僕にお構いなく
「あ、動き出すよ。いよいよ箱根でーす」と楽しそうに、話を続けた。

ロマンスカーは、動き出した。
小田原を出てすぐ、トンネルに入り、単線をずんずんと進んだ。
箱根板橋を通り過ぎると、窓の外には手に取るように枯れた木の葉が迫った。
小田原を出て、まだ3分も経っていないのに、
明らかに周りの様子は切り換わっていた。

すると、何か軽やかなメロディーが聞こえてきた。
本当にわずかなメロディーだった。

よく耳をすませた。それは、佳子さんの鼻歌だとわかった。

何の歌かはわからなかったけど、軽やかで、明るそうな歌だった。
楽しそうだなあ。僕は緊張しまくりなんですけど。
緊張を打破するために、僕はあえて佳子さんに聞いた。

僕 「何の歌ですか?」
佳子「え、聞いてたの?やだあ、恥ずかしい」

そう言うと、佳子さんは、少しはにかんで、笑った。

佳子「今度、教えてあげる」

そう言って、ごまかされた。
女の子の気になることって、なかなか聞き出せないなあ。
僕は、高校生のような小さな悩みを抱えた。

大きな悩みはいっぱいあるけど、こんな小さな悩み、久しぶりだな。

それこそ、佳子さんが予備校で隣の席に座って勉強を教えてくれるかどうか、
悩んでいたとき以来かもな。
つくづく、佳子さんは、昔を思い出させてくれる、不思議な女性だと思った。

そして、まもなく、ロマンスカーは箱根湯本に着いた。

佳子さんは「キターっ」と言って、
ややひんやりとした、湿り気のあるホームに降り立った。

何がそんなにうれしいのか、僕にはよくわからなかったが、
うれしそうにしている佳子さんを見て、僕も少しうれしくなっていた。

駅前にあるバス停に向かうとき、
僕は佳子さんの荷物がやけに少ないことに気づいた。

女性って、もっと荷物が多いもんじゃないのか。
みわちゃんだったら、
1泊旅行のときでもスーツケースを持ってくる勢いだぞ。

「化粧品が~シャンプーが~歯ブラシが~歯磨き粉が~ストッキングが~」

みわちゃんと旅行をすると、いつもこんな調子なので、
僕はそれが当たり前だと思っていた。
でも、女性に「荷物が少ないですね」なんて聞くなんて、失礼だと思い、
聞くのをやめた。

そして僕は、行き先を確かめて、バスに間違いなく乗った。

佳子 「ガイドさんがいると、助かりますう(笑)」
僕  「いえいえ」

ちょっとバカにされたようなほめ方だったけど、
佳子さんはなんだか喜んでいるので、僕もうれしくなっている。

バスはほどなくして出発した。
出発してすぐ、函嶺洞門という古いトンネルが近づいてきた。
かつては、箱根駅伝のランナーがみんな通った、
昭和初期にできた、鉄筋コンクリートのトンネルだ。

老朽化のため、何年か前に閉鎖され、
バスはトンネルの前にできたバイパスを通るようになった。

佳子 「函嶺洞門も、終わっちゃったよねえ」
僕  「はい」
佳子 「昭和がまた、終わってるよね」

そんな佳子さんの問いかけに僕はあっさりと
「ま、90年も経ちますからね」
などと気障にからりと答えてしまった。
ガイドとして、ちょっと馬鹿にされたことに対する意趣返しだった。

それに対し、佳子さんはわずかに頬を膨らませて
「経ったって、たった90年よ」と反論してきた。

それに対して僕は
「たった90年って、佳子さんだって、その半分も生きてないですよね」
「90年って、長いんですよ、たぶん。僕にもよくわからないですから」
と再反論した。

すると佳子さんは
「そうかなあ」
「昔の90年は、今の30年より短いと思うんだよね」
「前、私が雑誌を作っているときに、年表を作っている人を取材したことがあって、
 みんな、昔より、今の方が、書くことがいっぱいあるって言ってたんだよね。
 昔の方が、すっきりしていて、わかりやすくて、同じことが続いてたんだって。
 今に近くなればなるほど、情報がたくさん集まってきて、複雑になって、
 わかりにくくなって、今はもう、情報と複雑さ、わかりにくさにあふれてる。
 あと、昔の方が人の気持ちが有機的につながっていたから、
 時間が短く感じたんでしょ。
 今は、無機的で、無常の時間が通り過ぎるのを、
 みんなくたびれながらひたすら待っているんだよね。
 埋もれるくらいの情報の中で。
 だから、昔の90年は今の30年より短いと思うんだなあ」
「だから、平成より昭和の方が、短かったような気がするんだよね」
と、すらすらと言った。

ふーん、そんな見方があるんだな、と思った。

と同時に、確かにそんなこともあるかもな、と思った。

今は情報にあふれていて、複雑で、わかりにくい。
そのくせ、みんな自分のことばかりで、他人事ではなく
「自分事」にしか興味がない。
それは、自分のことを守るのに、精一杯の世の中になってしまったからだ。
だから、他人をなかなか見ない。
道行く人も、他人ではなく、自分のスマホばかり見ている。
他人にぶつかっても、スマホを見続ける人もいるくらいだ。

情報は他人が生み出した他人関連のものばかりなのに、
人はみな、情報に右往左往しつつ、結局は自分のことばかり見て、生きている。
他人と自分の間に、絶望的な間が空いている。
そこに、言い知れぬギャップ、そして無常を感じる。

そういうことなのかな、佳子さんが言いたいことの先の方は。
僕は勝手に、佳子さんの説を伸ばして考えていた。
まるで、佳子さんの身の上の天気予報をするように。

でも、せっかく箱根に来たのだから、こんな難しいことを考えるのは
やめた方がいい。僕はすぐ佳子さんに向き直った。

「そうですね。今の方が、なんでも多すぎて、重いですね」

僕はまともだと思われる答えをした。

すると佳子さんは
「そうね。昔の方が、軽いのに、意味がちゃんとあるのよね。なんでかなあ」
と嘆いた。

僕はそれに対して、うまい答えを言うことはできなかった。

しかし、都合のよいことに、ちょうど、車窓から
僕たちが求めていた香りが漂ってきたので、助かった。

佳子「あ、硫黄の香り!」
僕 「そうですね。箱根来たって感じですね!」

僕たちは少し、テンションが上がった。
そして僕は、少し鼻をひくつかせると、
隣の席に座っている佳子さんから漂うあの香りも、
感じることができた。

予備校で隣に座ってもらうのが夢だった佳子さんと、
今一緒に箱根のバスに乗っていて、箱根の硫黄の香りと一緒に、
佳子さんの香りも感じられる。
僕は少し、大人の階段を上ったような、幸せを感じていた。

大人の階段なんて、もうとっくに上ったつもりだったのに。
40にもなって、上る段があったんだなあ。

あ、ということは、僕はやっぱり子供だったのか。
僕はみわちゃんや後輩にえらそうにフンフン言っているけど、
実はまだ、子供なのかもしれないな。
そんなことを感じさせてくれた佳子さんに、まぶしさを感じていた。

この人、本当、何なんだろう。僕はますます、不思議な気持ちだった。

その後、バスは30分ほどかけて、図太い国道をぐいぐいと登った。
よくこんな急な坂を登るな、と何度来ても思う。
そして、急カーブを曲がるたびに、バスは大きく揺れる。

寝不足で気持ち悪いのにバスに乗ってしまったときは、
その揺れがもう来ないでほしいと願ってばかりだったが、
きょうの山登りは佳子さんが隣にいて、
バスが揺れるたびに素敵な香りにほんのりと包まれるので、
とても幸せな時間だった。

そして、いよいよ、峠のてっぺんに着いた。

近くにある温度計はよく晴れた昼下がりなのに
「-4℃」という厳しい数字を示していた。

佳子 「予報士さん、寒いねー!」
僕  「はい」
佳子 「なんでこんな寒いの?」
僕  「きょうは放射冷却が朝強まった上に、昼になっても
    冷たい空気が山の上から離れていかないからです」
佳子 「よくできましたー!キャー!」

峠の上を吹き抜ける突風に、佳子さんは髪を振り乱して黄色い声を上げていた。

そこから歩いて、20分ほどさらに山道を登り、
佳子さんと僕は、峠の上のホテルに着いた。
もう、鼻水も凍る寒さだ。

佳子さん、よく来るな。よほど硫黄泉が好きなのか。

やがてホテルのガラス張りの玄関が見えた。
そろいの半纏を着た、ホテルの従業員が男性5人、女性5人。
ずらりと10人。玄関の前に並んでいる。

これから団体でも来るのかな。
そう思っていると、バッとみんな、頭を下げた。

「おつかれさまでございますーっ」

へ?
何か変なものを見てしまったような気がした。

佳子 「こんにちは」

佳子さんがそう言うと、一番年のいった、やや頭が禿げ上がった
番頭と思われる男性がさらに深々と頭を下げた。

「お嬢様、ようこそおいでくださいました」

お嬢様?僕は事情がよくわからなかった。

佳子「もう、やめてよ。きょうは彼が来ているんだから。大事なの、彼。」

彼って、誰?大事なの、彼?
僕はますます事情がわからなかった。

番頭「これは、失礼いたしました。寒いので、どうぞ中へお入りくださいませ」

ホテルに番頭なんていないはずだけど、あまりにも番頭らしかったので、
この男性は番頭さんとさせていただく。
番頭さんに促されるように、僕は佳子さんと一緒に玄関に入った。

すると、玄関の中には、さらに頭の禿げ上がった男性がいた。

男性「佳っちゃん、よく来たの」
佳子「おじさま。ありがとうございます」
男性「むむ、この御仁は」
佳子「あ、彼です。連れてきちゃった」
男性「おお、これが。いい人そうじゃのお」
佳子「まあね(笑)」
男性「まあまあ、入んなさい」

どういう会話なのか、僕にはますますわからなかった。
ただ、佳子さんは、僕に悪びれずもせずに、
どんどん話を進めているように見えた。

なんだか流れに取り残されているような気がして、
僕はあわてて会話に割って入った。

僕 「あのう、私」
男性「まあまあ、話はあとでゆっくり聞かせてもらうから、
とりあえず入んなさい」
僕 「ええ?」
佳子「石井くん、遠慮しなくていいから」
僕 「ええ?」
男性「おお、石井くんというのか。どうかこれからしっかりよろしく」
僕 「あの、しっかりといわれましても」
佳子「い・い・か・ら! とにかく、入りましょう」

佳子さんは、見たことのない強引さで、僕を自分の世界に引きずり込んだ。

僕はちらりと、悪びれず強引になった佳子さんの顔を、
少しの不信感をたたえてから見た。
すると、佳子さんは、何か哀願する目をしていた。
しかも、何かを頼み込むような目だった。

僕はその瞬間、つい
「あ、はい。わかりました」
と答えていた。

すると佳子さんはほっとしたように笑って、
「だよね」
と言って、ホテルの人たちと建物の中へと入っていった。

いったいどういうことなのだろう。僕の頭の中は、整理できないままだった。

ホテルの人たちと佳子さんに導かれたのは、ホテルの一番てっぺん、
つまり、箱根の中でも一番てっぺんと思われる展望室だった。
めちゃくちゃ、広い部屋だった。

ホテルの人たちが丁寧に、お茶だ、お菓子だと出してくれて、
ひとしきり挨拶がすむまで30分くらいかかった。

その間、僕はかなり居づらい思いをした。
敵方に囲まれた、心細い足軽のように。

やがて、半纏を来た最も年増な感じの女性が
「それでは、お嬢様。これで。ごゆっくり」
と言って、ようやく敵方の全員が去った。

僕はため息をついた。
そして、足軽はキッと姫様の顔を見た。

僕 「どういうことなんですか!わけわかんないですよ!」
佳子「ごめんね」

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小説「涙をこえて。」(4)
僕 「あの、一から説明してください」佳子「一から説明すると長くなるんだけど」僕 「じゃあ、十からでもいいです!」佳子「あは(笑)面白いね。じゃあ、十からいこうか」僕 「ふざけないでください!だって、どういう状況なのか、   僕だけ全然わかってないじゃないですか!」佳子「ごめんね。」僕 「どうしてなんですかあ」佳子「じゃあ、十から話すね」僕 「やっぱり、一からお願いします」...
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