小説「涙をこえて。」(4)

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小説「涙をこえて」(3)
僕  「切り換えって、何ですか」佳子 「ほら、ロマンスカーは、登山線に入ると、    一気に周りの雰囲気が変わるでしょ。    そんな場面」僕はつい、「みわちゃんに会う前に、いつも心の切り換えをしています」「切り換えて、心のクサクサがバレないようにするのが大事なので」  みたいな話をしてしまいそうだったが、 すんでのところで、それをやめた。佳子...

僕 「あの、一から説明してください」
佳子「一から説明すると長くなるんだけど」
僕 「じゃあ、十からでもいいです!」
佳子「あは(笑)面白いね。じゃあ、十からいこうか」
僕 「ふざけないでください!だって、どういう状況なのか、
   僕だけ全然わかってないじゃないですか!」
佳子「ごめんね。」
僕 「どうしてなんですかあ」

佳子「じゃあ、十から話すね」
僕 「やっぱり、一からお願いします」
佳子「それだと長くなる」
僕 「でも、一からがいいです」
佳子「しょうがないな、わかったよ」

そう言うと、佳子さんは、少し申し訳なさそうに、座り直した。
僕はその様子を見て、ガンガン責めてしまった自分を、少し恥じた。

佳子「私の父親がね、このホテルやってる会社の経営者だったの」
僕 「お父さんが」
佳子「そう」
僕 「あの、このホテルって、あの大観光のじゃないですか」
佳子「そう」

僕はそこで、ふいに、
さっきのロマンスカーでのオレンジジュースの話を思い出した。
オレンジジュースを買ってくれたお父さんって、
あの「大観光会社」の社長だったってことか?
ということはつまり、佳子さんは大会社の社長の娘ってことか?

僕は、佳子さんが御三家とよばれる
名門の女子高を出ていたことは知っていたけれど、
お父さんがどんな仕事をしていたのかは、知らなかった。

大観光は、日本を代表する、大会社だ。
経営者一家は、皇室とも縁があると聞いたことがある。
佳子さん、ほんとに本物のお嬢様だったのか。ニア・プリンセスだったのか。
僕は、とんでもない話を聞いてしまった気がした。

僕 「そんな、知りませんでした」
佳子「ごめんね、言ってなかった」
僕 「いえ、そんな、今まで聞く機会がなかったから、仕方ないです」
佳子「人生いろいろ、あるのよねえ」
僕 「そうですね。いろんな人がいますよね」

僕は少しまともな答えをした。
しかし、次の話は、僕には聞き捨てならないものだった。

佳子「あたし、ずっと独り者だけど、それでもいろいろあるからね」

何を言っているんですか。僕はすかさず異論をはさんだ。

僕 「じゃ、旦那さんにはなんて言っているんですか」
佳子「え?旦那さん?」
僕 「はい。」
佳子「旦那さんなんて、いないよ」

はい?

僕 「あの、佳子さんは、昔池田さんで、今田中さんですよね。
   結婚して名前が変わったって」
佳子「そんなこと、誰が言った?」

僕は、絶句してしまった。しかし、絶句したままだと、話は進まない。

僕 「あの、最初に手帳拾ったときに電話かけてきてくれたときに
   田中ですって言っていたじゃないですか」
佳子「うん」
僕 「それって、結婚して名字が変わったって」
佳子「だから、それって、誰が言った?」

僕は、また絶句してしまった。
そういえば、誰からも「佳子さんは結婚しました」とは聞いていない。
よく考えたら、僕が知っているのは、
「佳子さんの名字が変わった」ということだけだ。

僕 「あの、誰も、そういえば、言っていません」
佳子「だよね(笑)」
僕 「あの、じゃあ、どうして名字が変わってるんですか」
佳子「田中は、お師匠さんの名字なの。
   踊りは、お師匠の名前でやるものだから、いつもは田中で活動しているの。
   あとは、池田って言うと、どうしても大観光のことをいつも言われるから、
   なんとなく、いやで、ダンスを始めてからは、田中って名乗っているの」
僕 「ええ、ええ!?」
佳子「華の独身、ですう(笑)」

はああ。なんてことだ。ここにも、僕の知らない佳子さんがいた。
というか、かなり大事なところで、知らない佳子さんがいた。
どうなっているんだ。

結婚してたなんて知らなかったみわちゃんが結婚してるのに、
結婚してると思った佳子さんが、独り身とは。

でも、よく考えたら、僕が悪い。
自分の想像や不確かな状況をもとに、
断片的な情報で勝手に判断していたのはほかならぬ、僕だ。

きちんと、いやそこまでしなくても、さりげなくでもいいから、
結婚しているかどうか聞けばよかったのに、
自分の世界と相手の世界を侵すようで聞かなかった僕が単なるバカだったのだ。

そんなことが頭によぎった瞬間、佳子さんは僕を追い込みにかかった。

佳子 「予備校でも言ったでしょ、問題文は最後まで読まないと、ねっ(笑)」

また言われたよ、この台詞!
そういえば、最初に佳子さんに会ったときも、
佳子さんのブログを途中までしか読まずに行って、
かなり取り越し苦労をして、意外な思いをした。

ああ、僕はこんな大事な佳子さんのことを、本当に理解しようとしていたのか?

大事な話も聞かない、肝心の情報を知らない、
いや、知ろうという努力が足りない、
こんなことをしている僕はいったい、
これまで大事な人にどういう接し方をしてきたのだろう。
僕はますます恥ずかしくなった。

でも、それにしても、この佳子さんという問題文、長すぎるよ!難しすぎるよ!
どこまで奥が深いんだよ!

僕はそこまで考えをめぐらしたが、
それでも、自分の力が足りていないことに変わりはないと思った。

仕方ないと思った僕は
「わかりました。これから精一杯、勉強させていただきます。
 なので、もう少し、教えてもらえませんか」
と、梅雨時のてるてる坊主のように、しおらしく言った。

すると佳子さんは少し笑って「やったね」と言った。

ああ、僕はこの人に勝てないな。そう思った瞬間だった。

窓の外は、少しずつ日が傾き始めていた。
晩冬のやわらかい日差しの中、外はかすかに湯煙がたなびいていた。

それを背景に、僕は佳子さんにこうなった訳を聞いた。

佳子 「実は、月に一回くらいここに手伝いに来ているんだけど、
    最近、結婚しろってうるさいのよ」
僕  「そりゃ、まあ、佳子さんみたいな人が一人でいたら、
    みんな心配するんじゃないですか」
佳子 「よけいな心配よ。あたしは面倒なだけ。」
僕  「そうなんですか」
佳子 「そう」
僕  「でも肉親だったら、みんな心配するんじゃないですか」
佳子 「そうかなあ。だってパパは死ぬまで心配してなかったもん」

そこで僕は初めて、佳子さんのお父さんが亡くなっていることを知った。

僕  「お父さん、亡くなられたんですか」
佳子 「うん、少し前にね」
僕  「それで」
佳子 「あたしの弟は、大観光なんて継ぐつもりないから、
    とりあえず、じじ、あの、おじさんが継いだんだけど、
じじだってもう年だから早く誰かに継ぎたいんだって」
僕  「はあ」
佳子 「で、あたしに継げと言ったわけよ」
僕  「継げばいいんじゃないですか」
佳子 「そんな面倒くさいじゃない。あたしは気楽に踊っている方が好きなの」
僕  「えー、でもここを継げば将来安泰なんじゃないですか」

僕は気軽に「安泰」と言ってしまった。
すると、佳子さんは眉毛の角度をわずかに上げた。

佳子 「安泰って、何。」
僕  「えっと、だから、お金に不自由なく、暮らせて」
佳子 「お金があればいいの?」
僕  「もちろん、お金だけだと足りません」
佳子 「お金なんて、生きる分と、多少の蓄えがあればいいんじゃない。
    多ければ多いほど、絶対にいざこざの元になるわ。
    みんなお金のことばかり。みんな自分のことばかり。
    一体なんなのよねえ」

そう言うと、佳子さんは、ため息をついた。

佳子 「お金より大事なものが、あるじゃない。たくさん」
僕  「例えば、何ですか」
佳子 「いまのあたしは、踊って誰かを勇気付けること。
    勇気や元気は、お金じゃ買えないものだから、
    あたしはとっても大事だと思っているの。
    あとは」

なんだか話がずれ始めて来たので、僕は佳子さんに軌道修正を求めた。

僕  「あの、少し話がずれてきたみたいなんですけど、
    そもそも、なんできょう、僕が佳子さんにここに連れ込まれたのか、
    教えてください」

僕は思わず「連れ込まれた」なんて言ってしまった。
まずい、佳子さんはそんなつもりじゃないのに失礼かな、と思った。

佳子 「あは、連れ込み。ここは連れ込み宿ですか」
僕  「あ、すみません」

僕が謝るのを待っていたかのように、佳子さんは少し微笑んだ。

佳子 「実は、じじに彼氏を連れてくるって前から言っていたの」
僕  「連れてくればいいじゃないですか」
佳子 「いないのよ」
僕  「ええ」

また、驚いた。
こんな色白で若くて美しい金持ちプリンセスなのに、彼氏がいない?
本当かと疑った。

僕  「本当ですか」
佳子 「本当」
僕  「なんでいないんですか」
佳子 「『該当者なし』の状態が続いてたの」
僕  「じゃ、おじさんにいないって言えばいいじゃないですか」
佳子 「いないって言ったら、できるまでここに来るなって言われそうで。
    ここの硫黄泉に入れないの、やだから。
    それで急きょ、白羽の矢を石井君に立たせていただきました」
はあ。白羽の矢ですか。
つまり、僕は、都合のいいところにいたから、連れ込まれたというわけか。

ん?でも、なんで都合のいいところに僕がいたのか?

僕 「あの、それにしても、タイミングよすぎないですか」
佳子「だから、ロマンスカーの中で言ったでしょ。
   お互い何度もここに来ているんだったら、こんなこともあるって」
僕 「それがおかしいんですよ」

さっき、ロマンスカーでこの話をしたときには
「ロマンスカーでロマンス!」と言われて
僕は少し舞い上がってしまったため、これで話が終わってしまったが、
ここは粘るぞ。僕がそう思うと、次に佳子さんが意外なことを言った。

佳子「ま、あたしは石井くんが今日来るの、実は知ってたけどね」
僕 「え?」

僕が来るのを知っていた?佳子さん、予知能力でもあるんですか。
どんな予知能力なんですか。
そんな僕の神秘的になりそうだった疑問は、次の一言であっさり氷解した。

佳子「この前、あたしがここに来たときに、
   宿帳を見たら、今日の日付のところに
   石井くんの名前があってびっくりしたの。
   ああ、ここに来ているんだなあ、この日に来るんだなあって。
   それであたしも予定をあわせて来たわけ」
僕 「え、宿帳見ているんですか」
佳子「何か、悪かった?」
僕 「いえ、なんでもないです・・・」

宿泊する人の名簿を第三者が見てはいけない。見せてもいけない。
しかし、佳子さんはここの娘さんなのだから、いけないとは言えないだろう。
そこでたまたま知り合いの名前を見かけた。それに合わせて自分も来た。
それだけのことよ、と佳子さんは言いたそうだった。

僕 「え、じゃあ、ロマンスカーに乗るのも、全部知っていたんですか」
佳子「ロマンスカーに乗ることは想像ついたけど、
   何時のに乗るかはわからなかったわ」
僕 「じゃあ、同じロマンスカーで、隣の席になったのは」
佳子「それはほんとに、偶然。驚いちゃった。私たち、縁があるのかもね」

佳子さんは、そう言って、笑った。
そうか、だからロマンスカーの中で「来てくれたのね」なんて言ったのか。
あれは、寝ぼけていたわけではなくて、
予期しない早い場面の僕の登場を見て、言ったのか。疑問がひとつ解けた。

佳子さんは、本当はホテルで僕を待ち構えて、どこかで合流しようとしたらしい。
それが、少し予定が狂い、こんなことになってしまった、ということのようだ。

佳子「で、お願いなんだけど」

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